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気づきの一枚。

nail
 
 
普段あまりネイルアートをしない私ですが、
先日、とても久しぶりにネイルサロンに足を運びました。
(大体3年ぶりくらい?)
 
 
私の性格と好みを絶妙に表現した、ザ・シンプル。
「いろいろ色で遊んでみようかな~」と思って行ったものの、結局いつも通りのシンプルになるわけです(笑)
性格はなかなか変えられないものですね^^;
 
 
今回何故久しぶりにネイルサロンに行ったかというと、中学・高校時代の友人のネイリストが、出産のために現在勤めているサロンから退職することになったので、出産前最後の記念に、彼女にネイルをしてもらいたかったからです。
 
 
彼女の今までの仕事は、ネイリスト一筋。
すでに十年近くキャリアを積んでいます。
 
 
彼女の愛される人柄から、たくさんのお客様にも愛されていましたが、今回初めて、出産のために一時仕事から離れることにしたそう。
 
 
学生時代も、卒業してからも、ずっと一緒にいたわけではないけれど、なぜか定期的にタイミングが合って顔を合わせていた友人でした。
 
 
そんな同世代の友人が、結婚し、妊娠・出産をして母になって行く過程を見ることが出来るというのは、とても嬉しいことです。
最近、学生時代の他の友人とも再会する機会が多く、出産・育児をしている同級生がとても増えてきました。
 
 
そして、今回改めて思い返しました。
私が写真を撮ることで、何を伝えて行きたいのかを。
 
 
最初のきっかけは、周囲より早くして子供を出産した同級生。
しかもお目出度いことに、双子の男の子、女の子のママです。
 
 
お父さんは仕事が不規則でなかなか子供達と一緒にいる時間がとれない。
お祖父ちゃん・お祖母ちゃんと一緒に住んでいるわけではないので、初めての育児で翻弄されている。しかも二人もいるので、初育児ではさらに大変。
お買い物などで、外出したりするのも、彼女の小さい体では本当に大変だろうなと思いました。
 
 
彼女は、持ち前の明るさと器量で、とても立派に育児をしていましたが、やはりたまには負担を軽くしてあげたいなと思い、たまに食事に誘って外に連れ出してみたり、お母さんのショッピングのために一緒に出掛けてみたり、公園で一緒に駆け回って、遊具で思いっきり遊んでみたりしました。
ちょっとしたお父さん役をしている感覚でした。
(昔、幼児向けのスポーツインストラクターもやっていたので、この辺りは得意な私。笑)
 
 
普段、日中一人で二人を抱えては、なかなか出来ないような行動を、一緒にして回りました。一人一人目をかけることができるので、安全性も増します。
(広い公園なんかだと、まだ一定の年齢までは自由にどっか行ってしまったりしますよね^^;)
 
 
そして、その中でも写真を撮ってあげることも、何気なくしていたのです。
 
 
育児中のお母さんは、今や携帯電話やスマートフォンなどの普及で、簡単に子供の写真を撮ることは出来ます。
しかし、自分が子どもと真剣に遊んでいたり、接しているような何気ない日常の一瞬を収めることはとても難しいのです。
 
 
だから、その大切な一瞬を残してあげたいと思い、写真を撮っていたのです。
そして、ある程度の段階で、誕生日などに小さなアルバムにまとめて渡していました。
 
 
そのアルバムには二つの私の思いが込められています。
 
 
ひとつは、お母さんが見た時に、
「私はこういう笑顔で子供と接しているんだ」
と気づくきっかけとなる一枚になること。
 
 
たまに大きな声で怒ってしまったり、言葉きつく叱ってしまったりして自己嫌悪に陥っても、
「こういう風に言ってあげればよかったかな」とか、
「怒ったことは間違いではないけれど、ちゃんとフォローしてあげなきゃな」
というような、何か気づきの一枚になったら良いなという思いがこもっています。
 
 
もう一つは、子供が大きくなって思春期や、自我が大きくなり、親への不信感が大きくなり、反抗する時期に入った時の気づきの一枚になること。
 
 
これは私の経験したからこその話ですが、親を信じることが一時的に出来なかった時期に、何気ない幼少時代の日常の風景が写っている写真を見つけたことで、私自身が家族を見失わずに済んだからです。
また別の機会に書くかもしれませんが、この時見つけた写真の中の「母親の笑顔」は、それまでに私が目にしたことがないものでした。
 
 
「きっと、[母]であること、[人の親であること]の責任感とプレッシャーがあったんだな。」
「あぁ、親も人間なんだな。」と初めて認め、許すことが出来た瞬間でした。
 
 
私が撮った写真が、必ずしも万人にそんな効果を出すかはわかりません。
 
 
ただ、もし、「そのきっかけの一枚」になることができたら、きっと私と同じように家族の絆を失わずに済む人が増えるかもしれない。
もっと早く、多くのその機会を与えられるかもしれない。
 
 
そう思いを込めて、友人に写真を渡していました。
友人は、「こんな風に撮ってもらった事は一度もない!」と、とても喜んでくれたのを、今でもはっきり覚えています。
 
 
私が、写真撮影をサービスとして行っていこうと決めたのは、その時の体験もベースの一つとなっているのです。
 
 
写真を形に残すことで、何か未来へ繋がる幸せをもたらせるのではないか。
日常の目につく場所に写真を置くことによって、小さな気づきを与えられるのではないか。

 
 
そんな想いを再確認した日となりました。
 
 
yukari